日系企業のための中国法務 Chinese Legal
『人民法院報』2025年10月11日付4面に「上海市第一中級人民法院は、刑事審判を使って民営経済を補助する(上海一中院:以刑事審判助推民営経済発展)」という記事が掲載されています。これによれば、9月29日に、上海市第一中級人民法院は、企業関連刑事事件の審理ガイドラインとその典型事例に関して記者会見を開催し、この記者会見そのものが「刑事裁判による民営経済の高品質発展の支援」というプロジェクトの一環であるとのことです。
刑事裁判が民営経済の高品質発展の支援とはどういうことなのかというと、企業犯罪の法的処罰、企業内部の腐敗の法的処罰、司法の勧告によるガバナンス促進などを行うこととされています。
つまり、刑事裁判を使って民営経済をうまく発展させるとしているのです。日本の感覚からすると、刑事裁判は犯罪を処理するものであり、民営経済をうまく発展させる道具ではないと考えるところです。しかし、中国では民事法と刑事法の境目が曖昧なところがあり(註1)、このような刑事裁判の使い方をすることがあるのです。
さらに、このようなことを行うことそのものが、「民営経済促進法」の着実な実施であるともしています。
民営経済促進法は、2025年4月30日に公布され、同年5月20日から施行された法律で(主席令第46号)、民営経済の発展環境を最適化し、あらゆる経済組織が公平に市場競争に参加することを保証し、民営経済の健全な発展と民営経済関係者の健全な成長を促進し、高水準の社会主義市場経済体制を構築し、民営経済が国民経済と社会発展において果たす重要な役割を発揮させることを目的とした法律です(民営経済法第1条)。
この日公表された、この点に関する典型案例のうちの一つは以下のようなものでした。
あるテクノロジー企業の出納係と会計係という二つの重要ポストの担当者が、複数回にわたり会社の資金計2200万元余りを横領し、事件発覚時点でなお760万元が未返還であることが明らかになった。
この事件に対する判決は、企業内部で発生した重大な腐敗犯罪に対し裁判所が決して容赦しない厳しい姿勢を示すと同時に、広範な企業に対し内部統制の更なる改善と腐敗防止メカニズムの強化を促すものであるという講評が付されていた。
ところで、民営経済促進法第3条第2項には以下のような規定があります。「国家は法に基づき、民営経済の発展を奨励・支援・誘導し、法の支配が基盤を固め、予測を安定させ、長期的な利益をもたらす保障的役割をよりよく発揮させるものとする」。刑事裁判を使って、民営経済の発展を促すことは、「民営経済促進法」の着実な実施であるともしていると上述しました。その根拠条文は民営経済促進法第3条第2項であると思われます。しかし、日本的な理解では、法律上「国家」という場合は、「行政権」を指します。しかし、中国では民営経済促進法における「国家」という文言には「司法権」も含まれるということになります。そうすると、次は、国家の政策や法律のためにわざわざ司法権が積極的な動きをするということで、「司法の独立」が不完全なものになっているということになります。
中国においては、司法の独立は、日本のものとは違い、政治からの独立性がなく、中国共産党などさまざまな主体が法的決定を左右しているとされています(註2)。ここで見た民営経済発展への司法権の協力を見ても、中国の司法の独立の現在地は、まさに政治家らの独立性がないものであると言えるでしょう。
〈注〉
(1)鈴木賢「中国法の思考様式――グラデーション的法文化――」アジア法学会(編)『アジア法研究の新たな地平』成文堂、2006年、328~329頁。
(2)髙見澤磨=鈴木賢[ほか]『現代中国法入門』(第9版)有斐閣、2022年、60頁。