世界経済 World Economy
トランプ関税の目的の一つは米国の製造業の復活だ。高関税により製造業への投資を呼び込み製造業を育成することは1960年代から発展途上国で輸入代替戦略として実施されてきた。現在の米国で高関税で製造業を復活させることは可能だろうか。
結論は、「一部の産業を除き不可能」だ。まず、米国とアジアの賃金を比較してみよう。ジェトロによると、米国のワーカーの賃金はニューヨーク4,205ドル、ヒューストン4,268ドル(2024年)など4,000ドルを超えている。一方、アジアはジャカルタ475ドル、バンコク437ドル、ハノイ279ドル、ビエンチャン115ドルなどけた違いに低い。このことは米国の製造業は極めて高い賃金でもやっていける高付加価値製品(あるいは工程)でないと成り立たないということを意味している。
IT製品はグローバルバリューチェーンといわれる国際分業で生産されていることはよく知られている。その中で高い付加価値を生むのはR&D、設計、製品開発など上流部門とマーケってイングなどの下流部門だ。加工、組み立てなどの製造部門は付加価値が製品価格の1割程度と低く、アジアの低賃金国に置かれている(注1)。米国が競争力を持つ、つまり比較優位をもつのは、高付加価値の知識集約的な製品や工程である。製造を行う労働集約的な産業や工程は労働力が豊富で賃金が安いアジアの発展途上国が担っている。製造設備や部品など機械設備と技術を必要とする資本集約的工程は日本や韓国などが強い。
米国が知識集約的な製品や工程に比較優位を持つのは、米国がR&D、設計、デザインなどの高度の専門的知識(知識をもつ人材や企業など)という生産要素が他国に比べ豊富なことが理由である。アジアの途上国が労働集約的な製品や工程に比較優位をもつのは、低賃金労働力という生産要素が豊富なためである(注2)。
米国は1950年代から80年代にかけて、繊維、鉄鋼、家電、造船、半導体などに競争力を持っていたが、現在は中国が代表するアジアがこれらを「世界の工場」として生産している。その理由は、①米国の人件費などのコスト上昇と②製品の技術の成熟や標準化である。②はプロダクトサイクルモデルで次のように説明されている。すなわち、製造業製品はR&Dにより新製品が生み出される「初期段階」、生産が拡大しコストが低下、企業の新規参入が増える「成長段階」、製造技術が標準化、労働集約的工程が増加し、生産コスト削減のため発展途上国への生産移管が進む「成熟段階」というサイクルをたどる。
米国の多くの製造業は、「成熟段階」をすでに卒業してしまっており、今はアジアで生産がおこなわれている。これらの製造業はアジアが比較優位をもち、米国は比較劣位にある。トランプ関税により復活を目指す産業は比較劣位にある産業が多い。比較劣位にある産業はその産業に必要な生産要素が米国には欠けている。たとえば、低賃金の豊富な労働力であり、部品などのサプライチェーンである。中国やASEANは賃金上昇が問題になっているが米国に比べればはるかに低く、部品産業が発展し分厚いサプライチェーンが形成されている。こうした条件に欠けている米国では製造業の復活は困難である。ただし、自動車は消費地生産(地産地消)に向いた産業であり、関税による保護や補助金などの政府の支援があれば米国での生産は可能である。ただし、部品への関税などから高コスト、高価格品になる可能性が高く、そのコストは米国の消費者は負担することになる。
注1 付加価値とグローバルバリューチェーンの工程の関係を図示したのがスマイルカーブである。
注2.自国に豊富な生産要素を集約的に使用する製品や工程に比較優位をもつことを示すのはヘクシャーおリーンの定理と呼ばれる。
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