日本でも報じられていたように、2025年9月3日に、中華人民共和国(以下「中国」といいます)北京市で「中国人民が抗日戦争と世界的ファシズムに勝利して80周年の大会(紀念中国人民抗日戦世界反法西斯戰爭勝利80周年大會)」が開催されました(以下「戦争勝利80周年大会」といいます)。
戦争勝利80周年大会の中で、習近平・国家主席の講話が出されました(以下「当該講話」といいます)。当該講話の内容について、中国憲法の視点から見ていきます(注1)。
当該講話では、中国人民は巨大な民族的犠牲を払って、人類の文明と世界平和を守るために重大な貢献をしているなどという「中国人民」に対する美辞麗句が並んだ後に、「歴史は過去を背負い、未来を照らす。新たな時代、新たな旅路において、全国の各民族人民は中国共産党の強力な指導のもと、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、『三つの代表』の重要な思想、科学的発展観を堅持し、新時代の中国特色ある社会主義思想を全面的に貫徹し、揺るぎなく中国に特色のある社会主義の道を歩み、偉大な抗日戦争の精神を継承し発揚し、奮起して勇猛に前進し、中国式現代化によって強国建設と民族復興の偉業を全面的に推進するために団結して奮闘しよう!」とまとめています。
しかし、中国憲法(1982年12月4日公布・施行。最終改正は2018年3月11日公布・施行)前文第6段落は以下のように規定しています。「中国各民族人民は、中国共産党の指導のもと、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、『三つの代表』の重要な思想、科学的発展観、習近平新時代の中国に特色社会主義思想の指針に従い、人民民主独裁を堅持し、社会主義の道を堅持し、改革開放を堅持し、社会主義の諸制度を絶えず改善し、社会主義市場経済を発展させ、社会主義民主を発展させ、社会主義法治を健全化し、新たな発展理念を貫徹し、自力更生し、 刻苦奮闘し、工業・農業・国防・科学技術の近代化を段階的に実現し、物質文明・政治文明・精神文明・社会文明・生態文明の調和のとれた発展を推進し、わが国を富強で民主的、文明的で調和のとれた美しい社会主義現代化強国へと建設し、中華民族の偉大な復興を実現する」。
ここで問題となるのは、中国の各族人民が堅持すべきとされている思想です。当該講話と中国憲法とでは、「中国共産党の指導のもと、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、『三つの代表』の重要な思想、科学的発展観」までは共通します。しかし、当該講話では「新時代の中国特色ある社会主義思想」と述べている部分が、中国憲法では「習近平新時代の中国に特色社会主義思想」になっています。なぜこのような差異があるのでしょう。
この戦争勝利80周年大会に参加しているのは中国人だけではなく、外国の各国首脳も参加していました。すると、やはり習近平としては現在が「習近平新時代」であるとは言えなかったということなのでしょう。各国首脳から「まるで中国を自分個人の国家であるような表現をしている」と言われたくなかったのではないでしょうか。
しかし、ここには一つ問題があります。習近平自身が、中国憲法に書かれていることをそのまま外国の首脳たちに読み上げることができないということです。中国憲法は、これまで各国家主席がスローガンを発表してから2~3年後にその内容を憲法に取り込むべき改正が行われてきました。しかし、これには例外もあり、胡錦涛時代(2003年3月15日~2013年3月14日)には憲法改正が行われていなかったのです。習近平時代である2018年3月11日の憲法改正で、胡錦涛時代のスローガンである「科学的発展観」と「習近平新時代の中国に特色社会主義思想」が同時に規定されました。これについては、胡錦涛はリベラル派であったため、憲法を自身の政権のための個人利用を避けたためと説明することができます。そして、同時に「習近平新時代の中国に特色社会主義思想」も規定されたのですが、これについては何だかよく分からないというのがすぐに思いつく意見です。筆者は、当時、習近平時代のスローガンを中国憲法が取り込むなら「中国の夢」だと思っていました。しかし、実際に中国憲法に規定されたのは「習近平新時代の中国に特色社会主義思想」でした。
「習近平新時代の中国に特色社会主義思想」という用語自体も定義づけがよく分からないものです。しかし、当該講話でのこの用語の取り扱いを見ると、まず習近平時代のうちに「習近平新時代の思想」と述べており、非民主的な感覚を持たせることや、その定義のよく分からなさから、中国当局や習近平自身もこの規定については持て余しているように思えます。
今後、中国憲法が改正されても、「習近平新時代の中国に特色社会主義思想」という用語が削除になるとは思えません。しかし、このように外国の首脳が多数参加するイベントで、憲法の文言その通りの発言が行われなかった、外国の首脳の前ではとてもではないが話すことができない文言が入っていると考えているという点は重要な点と思われます。
〈注〉
(1)習近平「在紀念中国人民抗日戦争暨世界反法西斯戦争勝利80周年大会上的講話(2025年9月3日,上午)」『人民日報』2025年9月4日付3面。