中国・北京で日本の大手製薬会社・アステラス製薬の社員が拘束されました。中国の外交部(日本の外務省に相当)の毛寧・副報道局長は3月27日の定例会見でこの社員が「スパイ活動に従事した疑いがある」と述べました。
しかし、『朝日新聞』2023年3月28日付1面「中国『スパイの疑い』」は、「具体的な容疑事実は明らかにしなかった」と述べています。これを受けて、この日本人拘束の根拠法になったと思われる「反スパイ法(反間諜法)」に注目が集まっています。そして、「どんな企業活動が『反スパイ法』違反となるのか明示されていない」との指摘も出されています(註1)。しかし、これは厳密には正しくありません。反スパイ法第38条には明確に、反スパイ法の対象となるスパイ行為として、以下の行為を掲げています。
(1)スパイ組織およびその代理人が実施すること、他人が実施することを指示、援助すること、もしくは国家内外の機関、組織、個人およびそれに類するものと結託し中華人民共和国の国家安全活動に危害を与える場合 (2)スパイ組織もしくはスパイ組織およびその代理人の任務の受託に参加した場合 (3)スパイ組織およびその代理人以外の国外機関、組織、個人が実施すること、他人が実施することを指示、援助すること、国内機関、組織、個人およびそれに類するものと結託し国家機密または情報を窃取、偵察、購入または非法に提供すること、もしくは国家公務員を反動活動に策動、誘因、買収する場合 (4)敵のために攻撃目標を指示すること (5)その他のスパイ活動
しかし、反スパイ法では、「スパイ組織」に関する定義がなく、(5)でスパイ行為には「その他のスパイ活動」も含むとされているため、結局「何をもってスパイ行為とするのか分からない」というのは事実です(註2)。しかし、これは反スパイ法がいかようにも解釈できるという話しであり、「どんな企業活動が『反スパイ法』違反となるのか明示されていない」というわけではありません。
なお、今回の日本人拘束について、「今回の拘束が当局による政治的なメッセージとは考えにくい」という指摘があります(註3)。しかし、筆者はそのようには思いません。日本などでは、刑事法は「何かしら犯罪に該当する可能性がある行為がある→刑法などの条文に該当するかを検査する(構成要件該当)→正当防衛などの要件に該当しない(違法性)→被疑者が刑事責任年齢に達しているかなどの確認(有責性)→裁判所が刑罰を言い渡す」というプロセスを取ります。しかし、中国では刑事法はこれとは逆のプロセスを採っているのではないかという指摘があります。つまり、「社会危害性(国民の不安)が強く、刑罰を与えるべき行為がある→社会危害性を考慮してどのくらいの罰を与えるべきか政治的思惑も含めて決定する→与えるべき罰が定められている条文を探して刑罰を言い渡す」というプロセスです(註4)。つまり、「罰するか否か」、「どれくらいの罰を与えるか」が先であり、その後にちょうどいい罰を与えられる条文を探すことがあるのです。そのため、法律の条文からすれば「過失傷害罪」が成立すると思われる事例に「故意傷害罪」が適用されている例などが散見されています(註5)。
犯罪をする人が自ら「これから犯罪をするつもりだ」と言うはずはありません。しかし、仮にこの拘束された人に対する北京の日本人コミュニティでの「問題がある人物とは思えない」という評判(註6)が真実であったとしたら、やはり拘束について政治的判断が先にあったと考えるべきでしょう。いずれにしろ、新型コロナウイルス感染症下で、停滞していた日中交流に対して「経済交流を含む日中関係にも影響しそうだ」という指摘のとおりであると言えます(註7)。
<註>
(1)「拘束滞在20年の中国通」『朝日新聞』(2023年3月28日付)3面。
(2) 筆者もかつて「『スパイ行為は取り締まるが、スパイ行為が何なのかはよくわからない』という反スパイ法、見覚えはないだろうか?そう、日本の特定秘密保護法と大差ないのである」と述べたことがある。高橋孝治「スパイの定義わかりますか?中国『反スパイ法』と特定機密保護法の共通点」(KINBRICKS NOWウェブサイト)〈https://kinbricksnow.com/archives/51959302.html〉2015年10月16日更新、2023年3月29日閲覧。
(3) 柯隆「雑談でも スパイ活動にされる可能性」『朝日新聞』(2023年3月28日付)3面。
(4) 高橋孝治『中国社会の法社会学――「無秩序」の奥にある法則の探求』明石書店、2019年、72頁。
(5) 高橋孝治『中国社会の法社会学――「無秩序」の奥にある法則の探求』明石書店、2019年、72頁。河村有教「現代中国刑事法の性格――刑事手続上の人権を中心として」神戸大学、博士学位論文、2006年、96~97頁。
(6) 「拘束滞在20年の中国通」・前掲註(1)3面。
(7) 「中国『スパイの疑い』」『朝日新聞』(2023年3月28日付)1面。