日本の複数のウェブメディアなどでは、中国で改正反スパイ法(反間諜法)が2023年7月1日から施行されたことを懸念と見ています(反スパイ法は、もともと2014年11月1日主席令第16号公布・施行。2023年7月1日施行分の改正は、2023年4月26日主席令第4号公布)。それでは、反スパイ法はどのように改正されたのでしょうか。ここではこれを見ていきます。なお、改正前の反スパイ法については、筆者が既に2015年時点で評論を発表しており、そちらを参照いただきたい(「スパイの定義わかりますか?中国『反スパイ法』と特定機密保護法の共通点」(KINBRICKSNOWウェブサイト)〈https://kinbricksnow.com/archives/51959302.html〉(2015年10月16日更新))。
それでは、反スパイ法はどのように改正されたのでしょう。日本での改正反スパイ法の評価は以下のようなものになっています。「『反スパイ法』はスパイ行為について、これまで『国家機密』を盗んだり提供したりすることなどとしていました。改正法では『その他の国家の安全と利益に関わる文書やデータ』の提供などもスパイ行為とされ、適用範囲が拡大されています」(注1)、「 改正『反スパイ法』では、スパイ行為の定義に「国の安全や利益に関わる文書やデータ」などを加えるほか、捜査を行う当局の権限を強化します。(改行)また、『その他のスパイ活動』というあいまいな定義も残されています」(注2)。
確かに改正前第38条に列挙されていたスパイ行為の定義と比べると、改正後第4条のスパイの定義は、以下の項目が増えています。
・スパイ組織およびその代理人に協力すること(改正後第4条第2号)
・国家安全保障および利益に関連するその他の文書、データ、資料、および物品、または国家公務員の反乱を扇動、誘惑、脅迫し、または買収する活動(改正後第4条第3号)
・スパイ組織およびその代理人が、国家機関、機密関連のネットワーク基礎施設などへのサイバー攻撃、侵入、妨害、制御および破壊を実行する、または他の者にその実行を扇動もしくは資金提供する行為、または国内外の機関、組織、個人がそれらと共謀して、これらの行為を行った場合(改正後第4条第4号)
確かに上記ニュースでも報じられているように、「その他の国家の安全と利益に関わる文書やデータ」の提供がスパイ行為になると改正後第4条第3号では規定されています。日本ではあまり話題になっていませんが、確かに世界中で現在「安全保障」について話題になるのは「軍事」ではなく、「経済安全保障」の方です。経済安全保障とは、特定の国と経済関係を強化して、相手国に「あの国と戦争になって、あの国からの輸入品が入ってこなくなったら、我が国の経済も大打撃を受けるからあの国との戦争はやめておこう」と思わせ、安全保障を実現するという方法です。
このように考えると、単なる経済データも国家安全保障に関係するデータに該当する可能性はあります。しかし、通常、ある国家の経済情報を見る場合には、その国の政府が公表している公開データを使うものなので、そこまでの懸念はないでしょう。
むしろ、改正前の反スパイ法にも規定されている「『その他のスパイ活動』というあいまいな定義も残されています」という、結局中国政府が決定さえすれば何でも「その他のスパイ活動」に該当し得るという規定の方が問題です。その意味では7月1日施行の改正反スパイ法になぜそこまでの懸念があるとするのか日本の報道の方が理解し難い点があります。要するに、反スパイ法最大の問題となるどのような行為もスパイ行為とし得る条文は2014年11月1日旧法時代から既に存在しているのです。
ところで、改正反スパイ法の中国政府の説明にはおかしい部分もあります。改正後第4条第4号で規定されているように、改正反スパイ法が条文上最も加筆を行ったスパイ行為は、サイバー攻撃関係です。しかし、それにもかかわらず中国政府の説明では、スパイ行為は方法が多元化し、さらに隠蔽される手法も多くなっているためとしています(注3)。改正反スパイ法のような新しい条文を見ると、ここでは「サイバー攻撃などの方法によるスパイ行為も増えていることも法改正の一要素である」などの説明がないのはおかしいことになります。一応、反スパイ法改正の議論報告では、サイバー攻撃などへの対応を十分にとっているとの説明はなされていますが・・・・(注4)
このような説明が十分になされておらず、法律の草案の説明も簡素な者になっている点からも、いろいろと意図があるようにも見えます。しかし、スパイ行為の一部に「その他のスパイ活動」を含むという、どのような行為でもスパイ活動行為と認定し得る規定が引き続き存在している以上、取り立てて驚くものでもなく、2014年11月1日から日本企業の中国での活動がスパイ行為とされるのではないかという懸念は濃くなるわけでもなく、変わらず存在しているのです。
〈注〉
(1)「中国『反スパイ法』施行 違法行為の対象拡大」(YAHOO!JAPANニュースウェブサイト・TBS NEWS提供) 〈https://news.yahoo.co.jp/articles/c17944840770b9a1fca09bcdf0f5d47cf9e06dd8〉(2023年7月1日更新、2023年7月3日閲覧)。
(2)「中国で改正『反スパイ法』がきょう施行」(YAHOO!JAPANニュースウェブサイト・テレビ朝日提供)〈https://news.yahoo.co.jp/articles/71dc69826e1619affd32689a0dcdc307a697fd57〉(2023年7月1日更新、2023年7月3日閲覧)。
(3)呉玉良「関于《中華人民共和国反間諜法(修訂草案)》的説明」『中華人民共和国全国人民代表大会常務委員会公報』(2023年4号)全国人大常務会弁公庁、2023年、425頁。
(4) 王寧「全国人民代表大会憲法和法律委員会関于《中華人民経あ国反間諜法(修訂草案)》修改情況的匯報」『中華人民共和国全国人民代表大会常務委員会公報』(2023年4号)全国人大常務会弁公庁、2023年、426頁。