中華人民共和国(以下「中国」といいます)では、法律があってないような運用がされることがあるとは、中国ビジネスを行っている多くの方が知っていることでしょう。では、現実には中国では法律はどのように運用されているのでしょうか。ここではこれを検討してみましょう。
なお、中国の裁判結果は「案例」と呼ばれ、日本の「判例」とは異なり、「その事案に対する判断結果」とされています。つまり、類似する複数の事件に対して過去の裁判結果は、事実上も影響を与えない、すなわち類似する複数の事件があったとしてそれぞれで全く異なる結論が出ていてもよいという制度を国家が正式に認めているのです。そのため、ここで見る事例は、あくまで「このように判断された例がある」程度のものであり、「類似する事件では必ずこのように判断される」というものではありません。
それでは、以下、製造物責任に関する中国での損害賠償裁判について見ていきます。
【事例】原告Aは祖母Bを含む親族一同でパーティを行い、その際に買ってきた爆竹を鳴らした。しかし、その爆竹が想定外の爆発を起こし、祖母Bの左目に異物が入ってしまった。結果としてBは左目を取り出すことになり、医療費も数万元かかった。
そこでAは、当該爆竹を販売していたスーパーマーケット甲と爆竹を生産していた乙社に対して、損害賠償を求めるべく人民法院(裁判所)に訴訟を提起した。
これに対しスーパーマーケット甲は「我々は、乙社から仕入れをして、販売していただけであり、その結果については関係なく、我々が損害賠償責任を負う必要はない」と抗弁した。さらに、乙社は「Aらがスーパーマーケット甲から当該爆竹を購入し、それを使い損ねたのであり、当社は損害賠償責任を負うものではない。Aらは既に成人しており、自己の行為に対しては自らの責任とする義務がある」と抗弁した。
この結論としては、スーパーマーケット甲のみがAらの損害を賠償する責任を負う、との判断がなされました。中国には不法行為責任法(中国語原文は「侵権責任法」。2021年1月1日廃止)という法律があり、その第43条は以下のように規定されています。「(第1項)製品の欠陥で損害を被った場合、被害者は、製品の生産者に賠償を請求でき、また製品の販売者に賠償を請求することもできる。(第2項)製品の欠陥が生産者に原因がある場合、販売者が賠償した後、生産者に求償を求める権利を有する。(第3項)販売者の過失により製品に欠陥が生じた場合、生産者が賠償した後、販売者に求償を求める権利を有する」。
人民法院は、不法行為責任法第43条により、Aらはスーパーマーケット甲と乙社のどちらにも損害賠償請求ができると述べました。しかし爆竹が保管されていたスーパーマーケット甲の倉庫が保管に適さない水準であったため、最終的な責任についてはスーパーマーケット甲が負い、乙社については明確な証拠がないため最終的な責任は負わないものとするとも述べたのです。
ここで、スーパーマーケット甲の倉庫が爆竹の欠陥の原因とはどういうことでしょう。保管方法が悪いと爆竹は想定外の爆発をするものなのでしょうか。保管していた倉庫が雨漏りがして、爆竹に火が点かなかったというなら分かりますが、倉庫の保管方法が原因で想定外の爆発を起こすということは通常はあり得ません。
中国の裁判では、裁判官が顔見知りのために論理から考えるとおかしい判決が出ることがありますが、これはその典型例と言えるでしょう。
なお、中国の不法行為責任法は2021年1月1日に廃止され、替わって民法典が施行されました。しかし、不法行為責任法第43条とほぼ同じ条文が民法典第1202条と第1203条に規定されており、基本的な規制内容は変わっていないので、似たようなことが今後中国の裁判で起こる可能性は否定できません。
判決番号:(2017)蘇08民終1134号
<執筆者紹介>
高橋孝治/環太平洋アジア交流協会研究員・立教大学アジア地域研究所特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)、国会議員政策担当秘書有資格者。中国法に関する研究や執筆、講演の傍ら、複数の企業や団体にて中国法顧問を務める。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015年)、『中国社会の法社会学』(明石書店、2019年)ほか多数。「月曜から夜ふかし」(2015年10月26日放送分)では中国商標法についてコメントした。「高橋孝治の中国法教室」を『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて連載中。
環太平洋アジア交流協会・海外リーガルサポートでは、定期的に日本企業の皆さまに有用なアジアビジネス法に関するセミナーや個別のコンサルティングなども行っています。お気軽にお問合せください。
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https://www.society-apa.com/legal
中国社会にとって日常的によくある話で、とても参考になる事例を取り上げていただいたなぁと思います。ありがとうございます。ひとつ質問ですが、裁判官と乙社は顔見知りだったという証拠、口コミでもあるのでしょうか?