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フォーラム記事

石川 幸一
2024年3月06日
In 世界経済 World Economy
日本車の牙城と言われるタイで中国製のEVが急増している。タイ経済の第一人者である助川成也国士館大学教授によると、2023年の中国車の販売台数はBYD3万台、MG(上海汽車)2.7万台、NETA1.4万台、長城汽車1.3万台などで合計8.7万台となり、シェアは11%となった。そのため、長年タイ自動車市場で約9割の市場シェアを誇っていた日本車のシェアは78%に低落した。バッテリー型EV車は23年に前年比7倍増となりシェアは9.5%を占めた。EVの躍進の主役は中国車であり、中国からの輸入である。  助川教授によると、中国からのEV輸入はASEAN中国FTA(ACFTA)を利用している。タイはACFTAでガソリン車やディーゼル車は関税撤廃の例外品目としており80%に関税が課せられる。しかし、EV車は例外品目となっていない。ACFTAの交渉が行われたのは約20年前だが、EV化の潮流を予想できなかったため関税撤廃の対象になっていることが中国からのEV車輸入急増の理由である。中国のEVメーカは2024年からタイで現地生産を始める予定である。タイには自動車部品産業が集積している。タイ製の部品を利用し製造された中国メーカーのEVがタイ原産と認定されればAFTAやRCEPなどによりタイで製造された中国ブランドEVが他のASEANなどに流入する可能性があると助川教授は指摘している。ASEANの家電産業では日本ブランドが大きな市場シェアを占めていたが、韓国そして中国製品との競争に敗れ今は見る影もない。家電の轍を踏まないためにも中国製EV車への対応が急務である。
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石川 幸一
2024年2月28日
In 世界経済 World Economy
昨年は日ASEAN友好協力50周年の年だった。「援助する国・される国」という本があったが、日本とASEANの関係は援助する国される国の関係だった。ASEANのGDPは2-3年以内に日本を抜くと予想されている。日本とASEANの関係は平等で相互に協力する関係に変わりつつある。ASEANが日本より進んでいる分野の一つはデジタル化である。たとえば、ASEANではスマホのQRコードでの決済が国境を越えて可能になりつつある。たとえば、シンガポールで使っているスマホのQRコードPay Nowでそのままタイで買い物ができ、タイのPromopt Payでシンガポール買い物ができるのである。これは、ASEAN決済連結性構想ぬ基づきインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの中央銀行が2022年に決済連結性に合意したことによる。ドルや相手国通貨への両替が不要になり、買い物やホテル代、交通費だけでなく、国境を越えた送金も可能になるという。これは、ASEANの経済統合の一環として推進されているが、ASEANがデジタル化で日本より何歩も進んでいることを示す事例である。また、インドネシアではオンライン診療が進んでおり、クリニックでオンライン診療を受けると診断書が薬局に送信され薬が自宅に届くという。 日本はまずASEANと決済連結性を実現し(インドネシア、カンボジアと協力覚書を結んだ段階である)、その後他のアジアにも拡大したらどうだろうか。インバウンド消費の拡大を促進することは間違いないだろう。
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石川 幸一
2024年2月26日
In 国際情勢と外交 International Affairs
世界のリスク予測で有名なユーラシアグループによると2024年の最大のリスクはトランプの再選である。トランプは共和党に予備選で圧勝を続け共和党の候補者になるのはほぼ確実となっている。大統領選の帰趨を決める接戦州でも1州を除きトランプの支持率がバイデンを上回る。報道では2020年にバイデンを支持した若者や黒人がトランプ支持に回っている。トランプ再選というリスクは現実のものなる可能性が高くなっている。日本のメディアでいう「もしトラ」が「ほぼトラ」に変わりつつあるようだ。 トランプは、ウクライナ戦争を一日で終わらせる、EV義務化の撤廃、パリ協定再離脱などを公言しているが、貿易分野では中国からの輸入品に60%の関税をかける(今は25%)、全ての輸入品に10%の関税賦課を主張し、11月に3分野で合意したインド太平洋経済枠組(IPEF)は破棄すると発言している。14か国で交渉しまとめてきたIPEFはTPPと同様に米国が脱退してしまう可能性がでてきた。 トランプ再選は4つの裁判の行方もあり確定したわけではないが、トランプ再選の場合のシナリオを真剣に検討する時期に入ってきたのは確かである。たとえば、60%の関税をかけると中国からASEANやインドへの生産拠点の移管が加速するだろう。ASEANやインドの重要性がさらに高まるのは確実である。IPEFについてはTPP同様に日本が主導権を取って協定をまとめるべきだし、2月24日に発効したサプライチェーン協定を着実に実施すべきである。中国への影響、台湾有事など専門家諸氏の議論を期待したい。
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石川 幸一
2024年2月14日
In 世界経済 World Economy
日本のGDPが2023年にドイツに抜かれ世界4位となったことは大きく報じられた。ドル表示の名目GDPであり、円安が要因となっている。日本のGDPは2010年に中国に抜かれ世界3位となっているが、今後数年以内に インドとASEANに抜かれると予想され、2020年代に世界7位となる可能性が高い。円安が是正されれば追い抜かれる時期は先に延びるが、成長率が違うため時期の問題である。ASEANは2030年ころには日本と並ぶとみられていたが予想より早く逆転されてしまいそうだ。1980年代には世界2位だった一人当たりGDPは今や世界34位であり、来年韓国や台湾に抜かされる可能性が高い。  小田部正明早稲田大教授が世界経済評論2024年3・4月号に掲載した論考で、物価水準を考慮した購買力平価(PPP)による一人当たりGDPの変化(世界銀行データ)を紹介している。それによると、日本は2000年の3.6万ドルから2022年に4.2万ドルに22年間で16%上昇している。同じ期間にドイツは3.5万ドルから4.3万ドルに23%、フランスは4.0万ドルから4.6万ドルに15%、米国は5.0万ドルから6.5万ドルに30%、中国は0.3万ドルから1.8万ドルに約600%増加した。韓国は2.1万ドルから4.5万ドルに210%増加し日本を超えている。日本の上昇率はドイツやフランスとは大きな差がないが、米国の半分であり中国や韓国に比べると大きな差がある。  小田部教授は人口問題についても触れており、世界の主要国で日本だけが人口が減少していると指摘している。2000年から2022年の間に日本の人口は1.27億人から1.25億人に減少したが、ドイツは0.82億人から0.84億人に、米国は2.82億人から3.33億人に18.1%増加している。韓国は0.47億人から0.52億人に10.6%増加している。合計特殊出生率をみると、日本の1.33に対して中国は1.28、韓国は0.84と日本の1.33を下回っている。人口を維持するのに必要な合計特殊出生率(置換水準)は2.1であるが、置換水準を下回り、日本の合計特殊出生率を下回る国でも人口が増加している。その理由は移民あるいは長期滞在外国人の増加である。小田部教授は外国生まれの長期滞在者の人口に対する割合を移民率と呼んでおり、2020年の移民率は日本が2.2%に対し米国は13.7%、ドイツが16.3%である。韓国の移民率は2020年は2.2%と日本と同じだが、2022年には4.4%に急増している。  人口の減少は国内市場と内需の縮小、労働力不足による供給力の制約、社会保障費の増加による財政負担増などから経済成長の制約要因となる。日本経済の停滞は生産性の低下が大きな要因であり、デジタル化や新しい成長産業の生成などが不可欠であるが、人口減少は重くのしかかっている。小田部教授の論考は日本経済の再生を考えるうえで示唆に富んでおり、一読をお勧めしたい。
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石川 幸一
2023年4月28日
In 国際情勢と外交 International Affairs
 韓国はインド太平洋地域の経済大国であり米国の同盟国だったが、インド太平洋戦略とは一線を画していた。 韓国の最大の貿易相手国は中国であり、そのシェアは日米を合計したより大きい。一方でTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備問題では、中国から韓国製品不買運動など厳しい経済的威圧を受けた。韓国は中国に対する忖度から「曖昧戦略」を取っていたのである。しかし、尹政権は22年12月にインド太平洋戦略を発表した。日本に遅れること7年、米国、豪州、インド、ASEAN、そして英国、ドイツ、フランス、オランダなどの後塵を拝しての発表である。  韓国はインド太平洋戦略で「グローバル中枢国家」としてインド太平洋の自由、民主主義、ルールに基づく秩序、経済発展などに貢献することを謳っている。米韓同盟、米韓日、米韓豪などのミニラテラルな枠組みで連携と協力を進めるとし、韓日関係の改善はインド太平洋戦略の実施に不可欠であり日韓関係改善への強い意思を明らかにしている。一方、中国については協力パートナーと位置付けている。韓国のインド太平洋戦略の原則の一つは「包摂」であり、特定の国を対象とすることはなく特定の国を排除することはしないと明記している。米国のインド太平洋戦略は中国を競争相手と位置づけ、中国の経済、軍事的な台頭と脅威への対応策を提示しているが、韓国のインド太平洋戦略は中国をパートナーとしているのである。中国を排除しないという点では、ASEANのインド太平洋構想であるAOIPと同様である。  韓国は「曖昧戦略」から米国、日本、インド、豪州など民主主義国である有志国とのインド太平洋での連携と協力に一歩踏み出したことは高く評価できる。しかし、中国との関係は課題として残る。たとえば、日米豪印のインド太平洋戦略での協力枠組でありQuadに対しては中国はアジア版NATOなどと反発、批判している。韓国がインド太平洋戦略の実施のためにQuadに参加するなど戦略の具体化を中国の反対を押し切って進めることができるかなどが大きな課題となる。インド太平洋戦略の具体的な行動計画は今後発表される。どのような内容か、どう具体化するのかを見ていく必要がある。 (詳細な内容は、「韓国のインド太平洋戦略」国際貿易投資研究所(ITI)調査研究シリーズを参照ください)
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石川 幸一
2023年4月15日
In 国際情勢と外交 International Affairs
2023年1月に米国の戦略国際問題研究所が台湾有事のシナリオを発表した。24のシナリオがあるが、ほとんどのシナリオで米国の介入で台湾を守れるとの結果だが、米台日の被害は甚大となる。基本シナリオでは、米軍は戦死傷者約1万人、自衛隊は約1.5万人、中国は数万人の戦死傷者を出すという。このシナリオは中国軍が台湾に着上陸侵攻作戦を行うのが前提である。堂下元海将のSAPAでの講演によると台湾防衛戦は米軍にとり犠牲が多く引き合わないというピュロス王の勝利になる可能性があり、勝利のコストを引き下げるため政治、戦略、ドクトリン、国防態勢、武器などで対抗措置をとる必要がある(講演資料を参照)。 世界的ベストセラーとなった「半導体戦争」の著者、クリス・ミラーによると、ノルマンディー上陸作戦のような着上陸侵攻は最も実現性が低いという。ほかのシナリオは、①離島である東沙諸島を制圧するという作戦であり、台湾の領土を少しづつ削り取るというサラミ戦術の前例を認めるか台湾と米国は難しい選択に直面する。次に②空の海の部分的封鎖である。部分的封鎖を台湾軍が自力で突破するのは難しく、封鎖を解くには中国の軍事システムの無力が必要となる。③は、中国に夜空爆とミサイル攻撃であり、台湾軍を骨抜きにし台湾経済を壊滅させることが可能である。④として、中国が台北を出入りする船の一部に関税検査を強制し、中国はTSMCに中国に半導体を供給するよう圧力をかけた場合、台湾は拒否できるかと問うている。(クリス・ミラー「半導体戦争」ダイヤモンド社) 堂下元海将は、中国が台湾の外交的孤立、グレーゾーン圧力、経済的強制などの戦略を採用する可能性、海上封鎖の可能性があることも指摘されている。台湾有事については、多角的なシナリオとそれに基づく対抗策を検討するのが喫緊の課題となっている。
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石川 幸一
2023年3月18日
In 国際情勢と外交 International Affairs
 米中対立における米国の戦略は、①インド太平洋戦略と②経済安全保障戦略である。インド太平洋戦略は米中の覇権競争がインド太平洋で起きているという認識に基づく地域戦略であり、経済安全保障戦略は米中競争が先端技術分野で起きているという認識に基づく経済戦略である。インド太平洋戦略、経済安全保障戦略はトランプ政権が始め、バイデン政権が継承・強化している。  インド太平洋戦略は、豪州、インド、EUや英国、フランスなど欧州諸国に加え、2022年12月末に韓国も発表した。各国のインド太平洋戦略の内容は同じではないが、中国の脅威への対処という視点では一致している。これらの国が参加するミニラテラルな枠組みとして、Quad(日米豪印)と豪州への原潜配備を目的とするAUKUS(米英豪)が形成されている。一方、ASEANは中国を排除しない独自のインド太平洋構想(AOIP)を発表している。経済安全保障については、日本、豪州とEU諸国が米国と連携しており、IPEF(インド太平洋経済枠組み)に14か国が参加している。韓国も尹政権になってからIPEFに参加し、サプライチェーンの強靭化など経済安全保障に積極的になっている。  それに対し、中国は地域戦略として一帯一路戦略を展開している。このうち一路戦略(海のシルクロード戦略)が中国版のインド太平洋構想である。インド太平洋戦略は一帯一路戦略に対抗し代替策として提唱されている。経済戦略については、自立自強戦略を進めている。自立自強戦略は、双循環戦略の一環として実施されている。米国の経済安全保障戦略は先端技術・基盤技術の脱中国依存と中国へに流出を防ぐ目的があり、自立自強戦略は脱米国依存を目的としている。  アジアの多くの国は、米国と経済や安全保障で協力を進める一方、中国は最大の貿易相手国でありFTAを結んでいる国も多い。一帯一路にもASEAN各国は全て参加している。経済的な利益を確保しながら、米中対立の舞台であるインド太平洋をどのように航行するのか(how to navigate) 、今年を含め今後数年は極めて重要な年になる。 双循環戦略については、大西康雄編「中国の双循環(二重循環)戦略と産業・技術政策-アジアへの影響と対応」科学技術振興機構、が多角的かつ詳しく論じている。
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石川 幸一
2023年3月16日
In 国際情勢と外交 International Affairs
 米中対立が長期化するのは、経済覇権、技術覇権、軍事覇権を競う覇権争いが本質なためだ。宮本雄二元中国大使はトップ争いが米中対立の本質と喝破されている。中国は2000年の間の大半の期間世界の際強国、経済大国の一つ、19世紀から20世紀末までは例外期間であり、21世紀に入り中国が経済大国として台頭したのは、ノーマルな状態に戻ったことを意味する。経済発展に従い所得が上昇し、賃金などコストが高まっており、高齢化が進展し人口ボーナスが終わり、中国の成長率は漸減している。それでも日本よりははるかに高いし、米国やEUよりも高い。経済発展とともに軍備増強を続けている。科学技術への投資も強化されており、科学技術力は飛躍的に高まっている。米国が最大の競争相手であるとみなす中国はペースは落ちたが今後も強大化することは確実であり、米中競争は激化の一途をたどるだろう。  日米貿易摩擦は米国で日米開戦論がでるくらい激化し、中国人が日本人と間違えられて殺されるなどの悲劇も起きた。しかし、日本は焦点となった半導体が日米半導体協定により凋落してしまい、バブル崩壊とその後のデフレにより、日本経済は長期低迷に陥った。世界2位だったGDPは中国に抜かれ、近い将来にドイツ、そしてインド、ASEANにも抜かれることが確実である。アジアで断トツの一位だった一人当たりDPは現在6位、世界では26位となり、韓国にも抜かれると予測されている。日本は米国の経済脅威ではなくなり、日米の経済対立は解消した。  中国が日本のように半導体産業がダメになり、経済も低迷すれば米中対立も緩和されるだろう。しかし、そうした期待・希望が実現する可能性はほとんどないのではないか。半導体など先端産業は「自立自強」を長期的にはかなり実現し、不動産バブルの崩壊も可能性は小さいと中国経済の専門家(三浦有史「脱中国依存は可能か」)はみている。ニクソンが評したように「中国人は創造的で、生産的で、世界でもっとも有能な人間」だからである。中国経済に大きなダメージを与えるのは台湾侵攻と対中経済制裁であろう。中国が誰にも利益をもたらさず、大きな犠牲と被害が生じる台湾侵攻という愚行に踏み切ることがないことを強く期待する。    
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石川 幸一
2023年3月06日
In 世界経済 World Economy
 日本の科学技術力の低下が懸念されている一方で中国の科学技術力は大きな発展の可能性がある。倉澤治雄氏によると、中国の研究開発費は2020年に2兆4390億元(役41兆円)に達し米国を急追している(注)。研究者数は200万人を超え米国に50万人の差をつけている。科学技術論文数は67万件(2020年)で米国に20万の差をつけダントツの世界一である。日本は10万1000件だ。被引用度上位1%の論文著者数は935人で米国に次いで世界2位であり、質でも世界でトップクラスだ。倉澤氏は中国からノーベル賞を含め世界のイノベーションをけん引する研究者や研究成果が中国から生まれることは容易に想像されると評している。  大学のランキングでも中国の台頭は顕著だ。タイムズ・ハイヤー・エデュケーションズのランキングではアジアのトップ大学は清華大学、第2位は北京大学で2015年までトップだった東京大学は5位に落ちた。中国の大学は復旦大学、浙江大学、上海交通大学など10校が30位にランクインしている。日本の大学は東大以外には京都大学が10位に入っているのみだ。米国は中国が世界トップクラスの科学技術力を持つことを恐れて、先端半導体をはじめ新興技術分野でデカップリングを進め、中国は自立自強政策を強力に推進している。先端半導体分野ではまだ成果は表れていないが、中国の科学技術力の発展可能性をみると中長期的には中国の力は侮れないことは明らかである。それにしてもこの10年間の日本の凋落ぶりは残念である。将来は、観光とおもてなしだけの国になってしまうのだろうか。 注 倉澤治雄「科学技術分野での米中対立の構造を読む」、大西康雄編『中国の双循環(二重循環)戦略と産業・技術政策-アジアへの影響と対応』、アジア太平洋センター、科学技術振興機構、2022年。
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石川 幸一
2023年3月01日
In 世界経済 World Economy
 米国が中国との経済覇権争いの中でサプライチェーンの強靭化(安全化)で進めているのがフレンドショアリングだ。同盟国や友好国など信頼できる国(フレンド)から部品や技術を調達し、あるいは輸出するという戦略である。これは、脱中国依存である。一方、中国は半導体など重要製品や技術は自国で開発し国産化するという自立自強戦略を進めている。これは脱米国といってもよい。半導体の国産化率は依然として低く、自立自強戦略はうまく行っていないといってよい。  サプライチェーンは生産コストやインフラ整備状況などを合理的に判断して企業が構築した生産ネットワークである。そして、サプライチェーンはマクロ的にみれば概ね比較優位の原理に則って形成されている。フレンドショアリングにしても自立自強にしても企業の合理的な判断の結果ではなく、比較優位の原理に則ていないと言ってよい。経済安全保障の観点からこうした政策は合理化されているが、コスト増を招くことは否定できない。  脱中国については、データに基づく堅実かつ冷静な分析で定評のある三浦有史氏の新著(脱中国依存は可能か)によると脱中国依存は非現実的である。フレンドショアリングは全面的な脱中国ではなく、先端半導体など先端・新興技術などを対象としており、実施は可能であり、米国は22年10月の商業省の決定で14ナノ以下の半導体などを対象に中国への輸出禁止措置を実施している。  自立自強戦略を実現するには、中国はまだ新しい技術やノウハウなどを外国から入手しなければならない。外国企業の買収や強制的技術移転あるいはサイバーテロなどでこうした新興技術を導入あるいは取得しようとしてきたが、米国、EUそして日本も対抗手段を講じるようになっている。中国の科学や技術の面の実力は目覚ましく向上しており、自立自強が実現するかどうかは長期的にみるべきであろう。
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石川 幸一
2023年2月08日
In 国際情勢と外交 International Affairs
 米中対立が激化している。2018年に貿易戦争として始まった対立は経済覇権・技術覇権をめぐる対立にエスカレートしている。バイデン政権は中国を最大の競争相手とみなすインド太平洋戦略を昨年2月に発表し、10月には先端半導体の対中輸出を禁止するなど分断(デカップリング)を強化している。米中対立は民主主義と専制主義の対立とみなされているが、本質はインド太平洋そして世界の覇権をめぐる対立である。キッシンジャーは、アジアに覇権国が出現することを防ぐことは1世紀以上続いている固定した米国の政策であるとのべている。米国が日本を仮想敵国とするオレンジ計画を作ったのは日ロ戦争の直後だった。バイデン政権のインド太平洋調整官のカート・キャンベルは、米国はアジアに支配的な覇権国が出現することを防ぐために外交的、経済的、軍事的手段を駆使する」と論じている。そして、今出現しつつある覇権国は中国である。  米中は覇権を争う大国間競争関係にあるというのが米国の認識であり、トランプ政権以降の国家戦略文書に明快に書かれている。中国の成長率は低下しつつあるが、米国よりは高い成長率が続くであろう。したがって、米中対立は長期化するのは確実だ。米ソ冷戦は約40年続いたが、米中競争も同様に極めて長くなるだろう。また、仮に中国が民主化しても米中の対立は収まらない。民主化しても中国は経済大国、軍事大国であることは変わらないからだ。  米ソ冷戦との違いは、米中間の経済関係が緊密であり、相互に依存していることだ。米中対立が進む中、中国の貿易統計によると米中貿易は2021年に過去最高となり、米国の貿易統計によると2022年に過去最高になる見通しという(日経新聞2023年2月8日付け)。米国多国籍企業の中国での売り上げは世界3位でアジアでは1位である。中国との経済関係の全面的な分断は非現実的で不可能だからだ。米中は対立と依存、競争と協力が両立する関係が続くと考えられ、一面的にみるべきではない。
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石川 幸一
2022年8月31日
In 世界経済 World Economy
RCEPは歴史的意義を持っているが、日本企業や日本経済へのメリットも大きい。RCEPの効果についての研究や試算で共通しているのは最もメリットを受けるのは日本だということだ。日本政府はRCEPのGDP押上げ効果を2.7%と試算しているが、海外の研究でも日本のGDPや輸出の増加が大きいとの結果である。FTAが効果をあげるには企業が利用しなければならない。企業が利用しなければ効果は絵に描いた餅に過ぎない。  RCEPは2022年1月に発効したが、すでに日本企業の利用が急増している。日本からの輸出におけるFTAの利用は原産地証明書発行件数で測ることができるが、RCEPの原産地証明書発行件数は2022年1月の671件から、2月3450件、3月6371件、4月6834件、5月7211件、6月9132件と増加を続けている。従来、日本のFTAで最も利用されていたのは日本とタイのFTA(日タイEPA)だが、RCEPは6月には日タイEPA(7811件)を上回って最もよく利用されるTAとなった。  日本はRCEP締結前にASEANとはFTAを結んでおり、RCEP締結により中国、韓国と初めてFTAができた。RCEPの利用が急増している理由の一つは中国、韓国とFTAができたことであろう。RCEPは中国と韓国に対する日本企業の輸出競争力を強めているといってよいだろう。
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石川 幸一
2022年8月31日
In 国際情勢と外交 International Affairs
2010年に日本を抜いてアジアで最大、世界で2位の経済大国となった中国はアジアでどうみられているのだろうか。東南アジアではシンガポールの東南アジア研究所(ISEAS)が毎年、各国の有識者にアンケート調査を行っている。この調査結果は国際的に引用され高く評価されている。同調査2022年版(実施は21年11月から12月)によると、「世界の平和、安全、繁栄とガバナンスのために正しいことする国として中国を信頼するか」という質問に対して、信頼するという回答は26.8%、信頼しないという回答は58.1%であり、信頼しないが倍以上多かった。信頼しない理由は、中国は経済力と軍事力を他国の主権と利益を侵害するために使うが49.6%で最も多かった。中国を信頼するという回答が最も多かったのはカンボジアで74%、最も少なかったのはミャンマー1.7%、続いてフィリピンで8%だった。同調査で東南アジアで最も経済的影響力がある国はどこかという質問では、中国が76.7%で圧倒的な一位となっている。現在の中国は経済力に見合った信頼と尊敬を勝ち得ていない。ちなみに信頼度が最も高い国は日本で54.2%であるが、経済的影響力では日本は2.6%に過ぎない。
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石川 幸一
2022年6月19日
In 世界経済 World Economy
 RCEPは8年越しの交渉を経て2020年11月に締結され、2022年1月1日に発効した。残念ながらインドは最終段階で離脱してしまったが、ASEANの10か国、日本、中国、韓国、オーストラリアとニュージーランドの15か国が参加している。RCEPは人口、GDP、貿易で世界の3割を占める世界最大の経済統合である。東アジアは今後も着実な経済発展を続け、2050年には世界のGDPの5割を占める可能性が高いなど21世紀前半の世界経済を主導することは確実である。東アジアはICT製品では世界の9割、自動車では5割を生産する製造業の世界的な生産基地であり、都市化が進み中間層が増大する世界で最も有望な新興消費市場である。  世界で最も経済成長が期待できる地域の初めての経済統合がRCEPである。東アジアの経済発展はRCEPにより加速される。岡倉天心は、ヒマラヤ山脈は中国文明とインド文明という2つの強力な文明を分かっていると書いている。インドが復帰すれば、中国文明とインド文明、そしてこの2つの文明の影響を受けながら独自の文化を発展させた北東アジアと東南アジアの国々が参加する一大経済統合そして経済圏は創られることになる。東アジアが4000年の歴史で初めて経済的に一つになるという極めて大きな歴史的意義をRCEPは持っていることを忘れてはならない。
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石川 幸一
2022年6月17日
In 世界経済 World Economy
 経済統合は自由化を進めることでありグローバル化である。今問題になっているのはグローバル化をどこまで進めるかである。グローバル化が行き過ぎであるという指摘は多い。世界的に著名な経済学者であるロドリックは、超グローバル化、民主主義、国民国家の3つを同時に成り立たせることはできず、3つの中から2つを選ばなければならないと論じている。これが「世界経済の政治的トリレンマ説」である。たとえば、超グローバル化と国民国家が両立するのは民主主義でない場合であり、中国が該当する。  ロドリックは国民国家と民主主義は不可欠と考えている。したがって、問題は超グローバル化となる。ロドリックの説はグローバル化を否定していない。重要なのはどのレベルまでグローバル化を許容するか、つまり「賢明なグローバル化とは何か」である。主権を委譲したEU型のグローバル化は、EUでも行き過ぎという指摘があり、様々な問題に直面している。賢明なグローバル化は、主権を維持しながら多様性と経済格差の中で時間をかけて段階的に統合を進める「アジアの経済統合」あるいは「アジアのグローバル化」である。そしてそのモデルはASEANの経済統合であり、それを発展させたRCEP(地域的な包括的経済連携)である。
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石川 幸一
2022年6月14日
In 世界経済 World Economy
 「アジアは一つ」であることは理想というよりも目標というほうが適切である。すでに「一つになる」動きが始まっているからだ。それは経済の分野である。各国の主権を維持しながら経済的な統合あるいは連携を進めるのであり、ASEANは2015年に経済共同体を創設、この目標を実現しつつある。ASEANの中では物の貿易が自由化され、サービス貿易、投資、熟練労働者の移動なども自由化を進めている。  経済統合が最も進んでいるのは欧州であり、EU(欧州連合)を創設している。EUでは物の貿易、サービス貿易、投資、資本の移動だけでなく、域内を自由に移動でき、全ての国ではないが共通通貨ユーロまで導入している。EUとASEANでは経済統合の原則とレベルが違っている。EUは市場統合では国家主権をEUに譲渡しているが、ASEANは国家主権を堅持している。EUは経済統合のモデルであり、目標と考えられていたが、ギリシア危機、難民への反対、英国の離脱、反EU政党の伸長など多くの問題が噴出している。EUの統合は行きすぎだという意見も強まっている。ASEANはEUをモデルとは考えていない。サービス貿易、投資、資本の移動には制約が残され、人の移動も単純労働者は対象としていないし、通貨統合も目指していない。ASEANの多様性と大きな経済格差を考慮して、時間をかけて段階的に無理せず経済統合を進めてきた。ASEANの経済統合の目標やレベルは日本政府の進めているEPA(経済連携協定)と類似している。ASEANの経済統合は、アジアの経済統合そして途上国の経済統合のモデルと言ってよいだろう。
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石川 幸一
2022年6月14日
In 世界経済 World Economy
 岡倉天心は1903年に刊行された「東洋の理想」で「アジアは一つ(Asia is one)」という有名な言葉を巻頭に書いている。現状のアジアは言うまでもなく一つではない。一つどころか領域問題などで対立している国も多い。「一つ」には、色々な意味がある。政治的に一つになることは無理であり、強国や大国により小国を併合することにつながりかねない。しかし、経済的に一つになること、つまり経済統合に向けては様々な努力が行われている。  東南アジアでは10か国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、ミャンマー、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)でASEAN経済共同体(AEC)を2015年末に設立した。ASEANは平和を目指して政治安全保障で協力を行う政治安全保障共同体、教育、文化や環境問題などで協力や交流を行う社会文化共同体も設立しており、3つの共同体からなるASEAN共同体を作っている。日本では一時期アジア共同体あるいは東アジア共同体がブームとなり、多くの本が刊行されたりしたが、燃えやすく冷めやすい国民性のせいか最近はすっかり下火になってしまった。しかし、ASEANではすでに共同体が設立され具体的な協力がなされ成果をあげていることに注目すべきである(続く)。
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石川 幸一
2021年12月31日
In 世界経済 World Economy
「中国のような国にルールを書かせない」これはオバマ大統領がTPPについての発言である。中国をけん制する戦略的意図を持っていたTPPから米国が離脱し中国が加入を申請した。中国はバイデン政権がTPPに復帰する意思がないことを見定め、台湾よりも早く加入申請を行った。中国の加入にはいくつかの高いハードルがある。最も高いのは政府が国有企業を優遇することを禁止する「国有企業についてのルール」だ。TPPでは例外が認められている。へトナムやマレーシアは国有企業のルールの例外が認められている。中国も例外を求めるであろう。新規加入は加盟国の全会一致の承認が必要だ。そのために中国は交渉で加盟国に対しアメ(中国市場の魅力など)とムチ(圧力)を使う可能性がある。国有企業のルールは自由な市場、公平な競争を謳うTPPの根幹的なルールであり、日本をはじめ加盟国は妥協をすべきではない。
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石川 幸一
2021年6月16日
In 国際情勢と外交 International Affairs
自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)が注目を浴びている。日米豪印の4か国によるクアッド(QUAD)に加え、仏、独、オランダなどがインド太平洋戦略を発表し、仏独英はインド太平洋に艦船を派遣する。ASEANも独自のインド太平洋構想(AOIP)を発表した。バイデン政権の米国はインド太平洋を中国との「競争」の舞台と位置づけ、トランプ政権の厳しい対中外交姿勢を継続している。  インド太平洋構想は日本発の壮大な外交戦略であり、そのルーツは2007年8月のインド国会における安倍総理の演説「二つの海の交わり」である。「太平洋とインド洋が自由の海、繁栄の海としてダイナミックな結合をもたらし、従来の地理的境界を突き破る拡大アジアが明確な形を現わしている。これを広々と開き、豊かに育てていく力と責任が日本とインドの両国にある」「日本とインドが結び付くことにより、拡大アジアは太平洋全域にまで及ぶ広大なネットワークにまで成長する」という趣旨の演説でインド国会で絶賛された。演説はインドの偉大なヒンドゥ―教指導者ヴィヴェーカーナンダの「異なる場所から流れてきた異なる水流はすべて海で交わる(The different streams, having their sources in different places, all mingle their water in the sea.)」という言葉で始まっている。インドには「異なった河流の水の合する地点は神聖である」という伝承があるという(鈴木美勝「日本の戦略外交」ちくま新書、2017年)。  日本のFOIPは2016年の第6回アフリカ開発会議の安倍総理基調演説で発表された。「太平洋とインド洋、アジアとアフリカという2つの海、2つの大陸の結合が世界に安定と繁栄をもたらすとして、力と威圧と無縁で、自由と法の支配、市場経済を重んじる場として豊かにする責任を日本が負い、アジアからアフリカに至る一帯を成長と繁栄の大動脈にする」という壮大な国際戦略構想である。このFOIPがトランプ政権に採用され、豪州やインドもインド太平洋戦略を相次いで発表し、欧州諸国も参加しつつある。今やアジア外交の「一丁目一番地」に位置するインド太平洋構想であるが、そのルーツにはインドで生まれた深い思想的な意味が背景にあることを想起すべきであろう。
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石川 幸一
2021年5月23日
In 世界経済 World Economy
アジアは、1997-98年のアジア通貨経済危機、2008年の世界金融危機という2つの危機で大きな影響を受けた。アジア通貨危機はインドネシアの経済成長率はマイナス15%など韓国やASEAN主要国がマイナス成長となり多くの企業が破綻し、失業者が激増した。2008年の世界金融危機でも不況に落ち込んだ。2つの危機はアジアに変化をもたらした。アジア通貨経済危機ではASEAN+3(日中韓)首脳会議が初めて開かれ、RCEPにつながるアジアの地域協力と経済統合の道を拓いた。世界金融危機は欧米が経済危機に沈む中大規模な財政支出を行った中国が世界経済の回復をけん引した。中国は2010年にはGDPで世界2位となり、自国の経済運営システムに自信を深めた中国は、その後一帯一路構想を打ち出し、海洋進出を積極化させるなど対外攻勢を強め、現在の米中新冷戦の要因となった。  現在のコロナ危機は何を変え、何をもたらすのだろうか。コロナ危機は米中貿易戦争が続く中で発生しており、ダブルショックだった。先行きは不透明であるが、いくつかのポイントをあげてみよう。①米中対立とコロナ禍で自動車部品や医療品の供給不足が起きたため、サプライチェーンは特定国への過度の依存を避け、効率性や低コストだけでなく安全保障を考慮した再編が行われる。②中国経済は順調に回復しており、米中逆転も早まるという予測がでている。デカップリングが進んでいるが、途上国への中国の経済的影響力は強まり、調整中の一帯一路も質の重視などの変化はあるが、継続するのではないか。③バイデン政権は厳しい対中姿勢であり、中国に対する追加関税、輸出管理、投資規制を継続している。米国は米中は2つの大国の競争であるという認識である。経済的相互依存の中でデカップリングが一部で進み、技術覇権をめぐる競争や安全保障面での対立、イデオロギー面での対立が進むという新しい冷戦が長期間続くと思われる。④米国だけでなく中国も輸出管理法などの経済安全保障上の対抗措置をとっている。米中の経済安全保障をめぐる貿易管理、投資管理の中でアジア各国は規制や制裁の対象にならないために厳しいリスク管理が求められる。⑤コロナ前から進んでいたデジタル化とそれによる経済社会の変化(DX)はコロナ禍で加速した。アジア各国は日本よりもDXが進みつつあり、ユニコーンが生まれ、行政のデジタル化が進み、カンボジアのようにデジタル通貨が生まれた国もある。コロナ後はデジタル化がさらに加速するだろう。これらは仮説であり、将来を展望するには現状分析と調査研究が必要であることを付記する。
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石川 幸一

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