トランプ関税は、「朝令暮改」、「二転三転」といわれており、まともな国ではありえない混乱ぶりである。「無理を通せば道理が引っ込む」といわれるが、その見本のような成り行きである。トランプ関税の狙いは貿易赤字の解消と製造業の復活であるが、両方とも実現は不可能である。貿易赤字は米国の関税が低いためではなく米国経済が貯蓄に対して投資過剰なためである。「診断」も「処方箋」も間違っている。
製造業の復活も無理である。米国の製造業の月額賃金は4000ドル程度だが中国は400ドル台、ベトナムは250ドル程度だ。コストでは比較にならない。繊維など労働集約型産業は米国では無理なのは火を見るより明らかである。消費地生産(地産地消)が適している自動車は関税のよる保護があれば米国でも生産が可能だが、たとえばICT産業ではスマイルカーブで示されるように付加価値の高いデザインなど上流工程は米国に置き、付加価値が低い製造は賃金が低い中国やベトナムなどで行っているが成功の理由だ。家電産業は労働コストの増加に伴い米国から日本に移転し、その後、日本から韓国や台湾、そしてタイやマレーシア、中国に移転し、今は中国からベトナムなどに移転している。いまさら、中国やベトナムから技術水準が平準化した産業を米国に移すことは不可能だし経済的合理性は全くない。米国は最先端産業やデジタルなどソフト分野で圧倒的な競争力を持っているからである。
トランプ関税は米国の輸入企業が負担し、製品価格に転嫁され米国の消費者が負担する。価格上昇が起き、インフレになるのは避けられない。また、企業の調達コストが増加し、全てを価格転嫁できないだろうからコストが上昇し企業経営は悪化し、解雇や株価の下落が起きる。相手国が報復関税を導入すれば米国の輸出に影響するため米国経済は不況に陥る可能性が高い。アジア経済研究所によると、相互関税が実施されると米国のGDPは2027年にベースラインシナリオから5.2%減少するため、マイナス成長に陥る。経済危機に陥る可能性があると、相殺関税を90日延期したときのように米国債が売られ、国債金利が上昇する。
米国以外の国はトランプ関税により米国への輸出減少は避けられず、自動車にように膨大なサプライチェーンを擁する産業はマイナスの波及効果が大きい。一方で中国の対米輸出が減少するため代替する可能性(貿易転換効果)がある。アジア経済研究所によると、中国のGDPは1.9%減少、ベトナムのGDPは1.3%減少となっている。対米輸出依存度の小さい日本のGDPは0.2%減と減少は小さい。
4月30日に発表された25年第一四半期のGDPはマイナス0.3%(前期比、年率)だった。バイデン政権下の前期(24年10-12月)は2.4%のプラス成長で3年ぶりにマイナス成長になった。成長率を押し下げたのは輸入の急増(41.3%)だった。関税引き上げ前の駆け込み輸入でGDPを押し下げたが、企業の在庫投資としてGDPを押し上げる要因になっている。GDPの7割を占める個人消費は1.8%で前期の4%から低下した。トランプ大統領はバイデンに責任を押し付けているが、トランプ関税が始まった第2四半期はさらに悪化する可能性が大きい。マイナス0.3%はトランプ不況の序章にすぎない。