トランプ関税の目的の一つは米国の貿易赤字の解消である。高率の相互関税により相手国の対米輸出が減れば貿易赤字を解消できると考えている。しかし、米国の貿易赤字の原因は国内にある。米国内の貯蓄に対する投資の過剰である。投資過剰が貿易赤字の原因であることは判りにくいためか経済や貿易の専門家を含めて必ずしも理解されていないようだ。ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンは、貿易収支が国内貯蓄と国内投資の差額に等しい(輸出-輸入=貯蓄―投資)ことは、理論でもなく、国際経済学の中で絶対に間違いないと考える数少ないことの一つであると述べている。
国際経済学研究の泰斗だった小宮隆太郎教授は次のように説明している(註1)。国の経済を構成している経済主体である多くの個人(家計)の経済収支、企業の経済収支と国の経済収支を合計したものが一国の経済収支である。国内の取引については販売者と購入者の双方が合計に計上されるため販売・購入差額、つまり黒字赤字の計算から除外され、財貨サービスを外国に販売した場合(輸出)と外国から購入した場合(輸入)だけが黒字赤字の合計計算に残る。国の経済主体の経常収支(財貨サービスの販売購入差額)の合計は貿易収支の黒字赤字に一致することになる。
これは、貯蓄投資バランスとして次の恒等式で表すことができる。分配面からみた国民総生産=民間消費+民間貯蓄+租税、支出面からみた国民総生産=民間消費+民間投資+政府支出+(輸出-輸入)、これを整理すると 貿易収支(輸出―輸入)=(貯蓄ー投資)+(租税-政府支出)となる。ここでは、政府財政を含めており、貿易収支は貯蓄と投資の差額および政府財政によって決まることになる。
米国の貿易赤字は、国内貯蓄に対して国内投資が過剰であり、政府財政が赤字であるという国内の原因で起きているのである。投資過剰は米国民と米国の企業が最善と考えた選択の結果であり、財政赤字も米国民の選択の結果である。貿易赤字の改善には米国の自助努力によるしか方法はないのであり、外国のせいにするのは全くの間違いであり、相互関税は解消の手段にはならないのある。従って、相互関税によっても米国の貿易収支の赤字は解消しないことは明らかである。
註:小宮隆太郎(1994)「貿易黒字・赤字の経済学 日米摩擦の愚かさ」東洋経済新報社、24頁。
アブソープション・アプローチでも同じ結論
民間支出、民間投資、政府支出の合計は国内総支出に等しく、内需として国内生産物を吸収する(アブソーブ)部分であり、総吸収額=民間消費+民間投資+政府支出となる。
国民総生産=民間消費+民間投資+政府支出+輸出―輸入 だから、国民総生産=総吸収額+輸出―輸入 となる。従って、貿易収支(輸出-輸入)=国民総生産-総吸収額(消費+投資+政府支出)となる。貿易収支の改善には、国民総生産を増やすか、総吸収額(消費、投資、政府支出)を減らす必要がある。これをアブソープション・アプローチと言い、意味するところは、貯蓄投資バランスの考え方と同じであり、貿易赤字の要因は国内経済にあることを示している。